和光市合気道和光道場ホームページ 和光市体育協会加盟団体 aikidou wako
 
          


【私の活学】


 享年四十六歳、父が自らの命を絶ったのは、私がまだ十歳の頃だった。その時初めて死を意識する。漠然とであるが、わたしの中に死生観が生まれる。二度目、ある人物との出会い。九州のとある藩士の末裔で、サムライだった。その人物から葉隠を教わる。その当時は天井から包丁をぶら下げ寝たりした。


 常に死を意識していたが、その時の死生観はただ頭の中で描いているものだった。そして三度目、二〇〇〇年十月五日、我が合気道和光支部道場内で雑誌社の撮影中の出来事、道場生だった作家永倉萬治氏の死。


 一年ちょっとの付き合いであったが、彼は身をもって葉隠を教えてくれたような気がする。生前「死ぬのは怖い」と漏らしていたこともある彼は、生を大切にした。脳卒中の経験をもっての身体で、他の人よりも死は身近であったはず、そんな永倉氏は今できる事に常に興味をもって接していたと思う。


 私の父も死によって解決を選んだ。ここには生より死の方が大きくある。永倉氏は、結果的に死がありはしたが、そこには死より生が輝いている。葉隠は決して死に急ぐことではなく、意識することによって「生きる」は「活きる」に変わり、そこに価値が生まれてくると私は思っている。


 今日、心痛む出来事は、成人式における若者の人に成らざる姿である。人の話を聞くことができない、自分を祝う式典を大切にする心がけが持てず、個人が勝手気儘に振舞う。


 我が支部の子供を指導していて一番気を配ることは、道場の雰囲気を神聖化することである。七〇畳の市立武道館、すぐ隣が小学校の体育館。同じ時間に体育館でスポーツの練習する少年達の元気に走り回る姿が稽古する子供の目に映り、影響を受ける。
また、始まる前に道場内を走って鬼ごっこをする。その時「走るな!ここは道場だ!道場は心を練るところ、体育館でない!」と違いを諭し、出入り時の礼を厳しく指導、体育館と武道を行ずる所の心のあり方を教えてきた。


 その甲斐あって座っている時の姿勢も良くなり、道場の雰囲気に緊張感が漂い、道場とはこうあるべきという姿が出来てきた。人間の一番大切な心身の発育時期における、指導者の責任の大きさを痛感、子供たちの姿は自分の姿であることを思い、先達の残してくれた書物や言葉に自己修養を求める。


 いかに文明が進もうとも、
 木の葉一枚人には造ることができない。
 その葉に隠れた命の尊さを合気道を通し伝え、
 我が修行の指針とする。



           合気道埼玉県連副会長
           (財)合気会和光支部師範 川路 昌治


※ 過去に月刊「武道」に掲載された師範の随筆に普遍的方針を見出すことができますのでここに転用させていただき川路師範のあいさつ、方針とさせていただきます。

   



【師範略歴】



昭和二十二年 栃木県佐野市に生れる

昭和四十四年 合気道本部道場入門

昭和五十八年 和光支部師範を引き継ぐ

現七段位。埼玉県合気道連盟副会長。空手道、剣道などの他禊行などの精神修養も積む。


【道場紹介】



設立/昭和四十六年十月

稽古日/火・木・日 一回一時間強

加盟団体/

 ・和光市体育協会
 ・全国合気道連盟
 ・埼玉県合気道連盟

主な行事/

 鏡開き式、夏合宿、審査(年三回)、演武会、忘年会など